2008年8月26日火曜日

先祖は豪かった 宮崎市の史跡に 「龍福寺仁王尊」 横山勘兵衛寄進


現在 宮崎市指定 史跡 118.龍福寺仁王尊 となっている。 
この金剛力士像は本「高岡の碑」著者 首藤光幸の表紙を飾っている。
高岡小学校歴史学習資料に掲載

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 金剛力士像・・・・龍福寺跡
 高浜神社 ・ 宝暦七年(1757)12月 再建 平成2年母「ヨシ」常夜灯・由緒書きを寄進
 法華岳薬師寺時計を寄進)  瓜生野八幡屋根銅板の寄進 
 もさるの水神様建立   面早流の水神建立、別サイト 
 本永寺の地蔵尊 ・  カンベイが逮捕した、馬泥棒 笹原弥右衛門
              逮捕後、薩摩で処刑された笹原弥右衛門の霊の供養のため建立
 勘兵衛新田・・・飯田山口 聞き忘れていたのでしょうか?
   
 勘兵衛墓 「観音菩薩像」、「父、母の墓」 先祖の供養
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前回のペルー来航の話より ズーと前の話ですが

私も先祖のことを調べています。

母方の先祖で 横山勘兵衛 そのページは こちら です。

ネット上で4件 本に1件(一部で紹介) されていました。

自分が知っていなければいけないことですが、

調べて 分かったことがおおかったです。

その町に 行くと 「あれは カンベイが作った物だ」と

今から250年前 江戸時代のことですが、すぐに答えてくれます。

その話が今後も言い伝えられる事を願います。

我々子孫は、この話を次の世代に語り継ぎ、仏像が壊されるとか、

その町で語り継がれるよう、薄れないようにしなければならないと思う。

偉い先祖です。  私も それに恥じないよう、努力したいと思います。

   
先祖の 墓
                             横山勘兵衛

親の墓が立派なのは 子どもが金持ちか!
家・墓を維持するのには、お金がかかる。

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追加 2012/03/10
ネットで検索 別なサイトで見つけました、
北諸県郡山之口町仲田の山林内に建立してあったものを
高岡町に移築したのは 横山 勘兵衛の子孫  私の母「ヨシ」と叔母の「三石喋」の2名です。
その2名は もう1個  高浜神社の宮司さんからの依頼で常夜灯と由緒書きを寄進している。
その時の会話で 「おふくろ、後世に名を残したね! よかったね!」
母は小さい時から丁稚奉公に出され苦労していました。母の自慢は、丁稚奉公の形に
地主さんから小さい土地を貰ったことでした。下の川(大淀川)に渡しがあり、幹線沿いでバス停(狩野)の前で雑貨屋を営んでいました。現在は更地で次男が譲り受けました。 その母親が、先祖 横山勘兵衛の子孫として
常夜灯に「横山勘兵衛の子孫    ヨシ」 母は先祖のことをつないで行こう、横山勘兵衛の名を残すように、「カンベイバカ」、「遺跡」などを管理しました。

高岡町(現在 宮崎市)から山之口町(現在 都城市)これも遠いです、15キロ
なんのゆかりがあったのでしょうか!

大きな地図で見る


追加  横山勘兵衛 他のサイトです。

あまりにも長いものですので コピーさせていただきました、
ファイル名 ”天ヶ城 (桜祭り)(天ヶ城跡、天ヶ城址、高岡城、高岡城跡、天ヶ城公園、あまが城公園、アマガ城公園、あまがじょう公園)|宮崎観光

写真GT: 五輪塔、石碑(せきひ)、石造物があります。


写真GU: 石碑(せきひ)。
この山の神唐獅子(からじし)などは北諸県郡山之口町仲田の山林内に建立してあったものを山之口町文化財保護委員会と話し合いの上施主横山勘兵衛の子孫がここに移し立てたるものなり
と書いてあります。


写真GV: 五輪塔、唐獅子(からじし)など。


写真GW: 石碑など。

同じページに )(天ヶ城跡、天ヶ城址、高岡城、高岡城跡、天ヶ城公園、の

桜と展望のいいのがありますので それも借用しました。
天ヶ城公園  大淀川上流方向
桜の名所 大淀川下流、宮崎市へ 

天ヶ城資料館

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追加 
みなさんも 自分の「ルーツの旅」をやってみてください。
割と知らないことが多いと思います。
自分の先祖を知り、そのことを言い伝えることも現代に生きる我々の役目ではないでしょうか。

これから「石物」に興味を持ったのか!
そうでなく、ブログ開設時に色んな資料を残そうと思いました。
道標の探索を行うことから、今まで忘れていた、 横山勘兵衛」 も取り上げました。
色々 追加して出来上がったのが横山勘兵衛 Ⅱ」のページです。

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