2012年8月14日火曜日

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「湯之谷の由来  「熊野神社の由来」より」です。
 このページでの訪問者 第1位 352  全期間訪問者数 3、926のなんと1割です。
ブログ「やまびこ」は中学校の卒業アルバムの名称、現在同窓会の名称となっている。
また、同窓会の案内などをこのブログで行い、特に今年は、多くの同窓会があったので急に訪問者がふえています。 今までは1っ月に100件を越したり越さなかったりの人気のないブログですので、私自身も統計を見てびっくりしたわけです。
  「熊野神社」は今は祠だけで 昔のこともわかりませんが、この地域の氏神様であったようです。

宮崎県綾町 「湯之谷」冷泉
私の祖父が綾町小田爪「湯之谷」で
湯治場 「あさひの湯」を営んでいました。
子どもの頃の話ですが、湯上りに休息するところは 3方ガラス張りのへやでした。農閑期には、自分で食事を作る、湯治場ととして、何人かのひとが訪れていました。
私が小学生のころまでは男女の風呂を沸かしていました。
その後、おじちゃんも年を取ったので 長男の敷地に古い家で生活していました。死んだのは 43年でした。
父は私が怪我をしたら、この冷泉を沸かして治療をしていた。

「湯之谷」冷泉  「熊野神社の由来」説明版 綾川荘前で
 ーーー 言い伝えられた食事 「鮎そば」 ーーー 
  
とりたてのそば粉でそば切りを作り、
それを「湯の谷」に沸きでる冷泉に
干鮎を入れて作ったそば汁に入れた。 いわゆる「鮎そば」である。
 
小田爪の奥にある「湯之谷」むかしから有名でしたのか?
 地名として湯之谷がある。
由来によると、
 『室町時代、ある冬の、それも大変寒い夕暮れ時この村に一人の雲水(修行僧)が訪れたそうな、しかし、その僧は、長旅の疲れか、重い病に倒れたしまった、村の人たちは、この修行僧の回復願い、言い伝えらてきた方法でそば汁を作り、これを食べさせたところ、見るみる病状が良くなって無事諸国行脚の業をおえたことができたと伝えられている。』



現在の「湯之谷」
奥に「みつひら」邸がある。 
左の尾根を登ると「法ケ岳」に行く道がある。今は 車で焼却炉の前の道を行く。
井戸は何か所か掘られた形跡があるが、現在あるのは 私が譲り受けた井戸だけである。
湯治場は写真では前の空き地にあったて、現在建物があるところは 共同の炊事場があった。

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